前回までの話はこちら≫
可児、御嵩の聖母マリア像|可児ー多治見①
細久手宿と弁財天の池のカキツバタ|可児ー多治見②
可児市内から旧中山道を走るのんびりサイクリングも、御嵩、細久手と宿場町を経由し、ついに目的地の宿場町へ。
大湫宿!!
「おおくてしゅく」と読むそうです。大久手とも書くみたいです。中山道47番目の宿場町・・・かつての旅籠、旅館の江戸時代の面影を残す建造物が数多く残されています。
残されている…というよりかは、取り残されているという印象が強い場所でした。
観光地化はほとんどされておらず、観光客らしき人は皆無・・・江戸の面影を色濃く残す家々も、現在は空き家が多く、過疎化が相当深刻だという感じを少し歩いただけで感じます。
僕は江戸時代の旧街道や宿場町の雰囲気が大好きです。でもその多くの部分は、本やテレビ、絵画からの情報…かなり極端に美化している部分もあるんだろうな…。
小さな神社の参道・・・小さな公園になっていて、ここで一休みします。
静かにゆっくりと時間が流れています。
緑が多い宿場町だなっていう印象です。もちろんたいていの宿場町は山の中にあるので当たり前なのかもしれませんが、道端や公園にいろんな種類の花々が咲いているのです。きっと、この町に住みこの町を愛してやまない誰かが、毎日面倒を見ているんだろうな、そんな風に感じました。
きっと坂道の少ない平野や盆地に大きな町を作って、そこにスーパーも病院も行政も集中させるほうが、いまの高齢化社会にはいいのでしょう。きっと多くの若い人もどんどん街へと出ていく状況はある意味仕方ないのかもしれません。
でも、ぼくはこういう町が好きです。
歴史をずっと大事にしてきて、不便だけど豊かな生活・・・たぶんこれを無くしてしまうことは容易いことです。今ある小さな小さな田舎の町を無くすことはきっと容易いこと。でも無くしてしまったら、絶対にもとには戻らない・・・それは建物とか神社とかだけじゃなく、きっとそこに住む人々の生活の知恵とかココロの部分も永遠に失ってしまうことになる気がするのです。
日本中を旅していると、地方の町々の高齢化、過疎化は強烈に肌で感じてしまいます…限界集落、廃校、廃村。それはぼくの故郷の静岡でも同じこと。今からでも何かできることはないのか、何かやってみたいなっていうのはずっとあります。もっといろんな場所を訪れて、その何かを具体的に突き詰めていきたい・・・
小高い場所に、街並みを見下ろすように建つ大湫小学校。ここの校庭はかつての本陣跡だそうです。
校舎はなんだか寂しげに建っています。あとで知りましたが、やはり残念ながら、2005年に廃校とのこと。1873年創立と言いますから、すごい歴史です。はしゃぎまわる子供たちをもう見れなくなった寂しげな校舎ですが、近づいてみるとかなり立派な建物だと分かります。取り壊さずに、何か有用な使い道を見出してほしいですね。
自転車を停め、ゆっくりと大湫の町中を歩きました。
ちょっと寂しい感じもしましたが、宿場の雰囲気をとにかくいろんなところに残す町で、かなり気に入ってしまいました(*^^*)ほんと、いいとこです。
ここからは旧中山道を離れ、土岐川までおり、Uターンして一路西を目指します。瑞浪市、土岐市を通り、多治見市を目指します。
つづく









コメント